注射 22006年10月30日
皆さん、いかがお過ごしですか? 根津甚八です。
日によっては、肌寒ささえ感じるようになってきましたね。
我が家の姫娑羅の葉も少しずつ色づき始めています。
姫娑羅は、今の家に越して来た時、リビングルームから眺められる庭の主役の樹として植えました。
蕪立ちという独特の生え方、橙色気味の明るい色調の幹、僅かな風にもすぐ反応してユッタリと揺れるその優しい風情、落葉樹だから四季折々に変わる表情など・・・とても味わい深い樹で、俺の大のお気に入りです。
陽の光を浴びてオレンジ色に透けて見える葉を、居間のソファーに横たわって眺めていると、チョッピリ寂しさを感じてしまう今日この頃です。
では、前回の続きの始まり、始まり。
「ねえ、監督。幸雄のシャブを打つシーンなんだけど、シャブを溶かすところから、最後にポンプ(注射器)を洗うところまで、ワンカットの長回しで撮りませんか?」
「ああ、それでいきたいねぇ。でも、根津さん、やれんの?」
「注射の練習しときますから」
と言ったはいいものの、俺は、別に薬物中毒者であったためしがないから、自分で自分に注射を打った経験なんぞ全くない。
そこで、知り合いの医者に聞いてみた。
「素人が自分に注射って、出来んの? 空気が入ったりすると死ぬって聞くけど・・・」
「空気が入ったって、よっぽど大量に入れなきゃ死ぬことはないよ。例えば注射器の半分ぐらいだと、危ないかな。少々血管に入っても、痛いだけだ。」
「打つ直前に、注射器針を上に向けて液を出すのは、空気が入ると命にかかわるからじゃないの?」
「あれは、血管にエアーが入ると痛いから、空気を抜いてるんだよ。」
「へえ、そうなんだあ」
「・・・うん、シャブ中の役かあ。じゃ、覚せい剤の替わりにブドウ糖を静脈注射して、練習したら、栄養にもなるし、アッハッハッハッ」
ってなことで、翌日からブドウ糖をシャブ替わりに、ひたすら練習開始。
自分で自分の腕に打つ「中毒者打ち」。(俺が勝手に名付けた。)これが、なかなか難しい技なのだ。参考の為(何の?)、チョイと、その手順を説明しておこう。
まずは、溶かしたシャブをポンプに吸って注射器をスタンバイしておく。次に、左腕の上腕筋の辺りをハンカチなどでキツメに縛る。左手は使えないので、替わりに口、というか、歯を使う。そして、親指を中に入れてげんこつ握りすると、肘のあたりに太い静脈が浮き出て来る。
血液検査や点滴等を受けた人は知ってると思うが、ここまでは簡単、誰でも容易に出来る。
次に、ポンプを右手に持つのだが、この掴みどころがミソ。
液を押し出す部分には触れないようにして(中毒になると、たとえ一滴でも垂らしたら勿体ないのだ)、人差し指以外の指で慎重に持ち、血管に刺す。ここが第一の難関。
新米の看護士とか、インターンの医学生とか、たまにしか注射をしない偉い医者だとかにやられ経験がありませんか?
プロだって、緊張のせいで、血管に逃げられたり(そう、血管は針先をよけるのだ)、うまく血管をとらえたとしても、強く刺し過ぎて貫通させちゃって、気づかないで薬液を注入、筋肉へお漏らししてしまうことがあるくらいだ。難しいんだな、これが! それに、漏れると痛いんだよねえ!
チャンと静脈に針先が入った目安は、注射器の管に、赤いものがチラッと逆流してくる。そしたら、ここで、残しといた人差し指君の登場。
刺さった針先がブレないように、ユックリとプッシュする。
普通の注射なら、これでおしまい。ところが、ここから、また中毒者ならではの手順がある。
最後まで押し出したたら、今度は少し引き戻すのだ。そしてまた最後まで押し切る。
なあんでか???
つまり、血を逆流させて、針の部分にほんのすこし残ってるシャブも完璧に注入し尽くすのだ。
そして最後に、用意しといたコップの水で、ポンプに残っている血が凝固しないように、何度かポンピングしてよく洗う。
中毒になると同じポンプを何度でも使う。回し打ちも平気。この頃は、まだエイズはなかったからね。それにしても、怖いでしょう?
以上が、シャブ中の打ち方手順。昼間は人目があるので、夜になってから、
練習した。慣れとは恐ろしいもので、2週間もやってると、しょっちゅう打ってる中毒者みたいにポンプ捌きが速くなってくるんだよね。
この密やかな練習中は、何やら、自分がジキル博士になったような気分でした。
「幸雄」背中には事故死した二人の子供の戒名の入れ墨
後ろは、メイクアップを終えた、秋吉久美子さん
そういえば、東京・荒川で覚せい剤中毒の川又郡司の事件が起きたのはこの映画の準備の真っ最中のことでした。
あの時、テレビに流れたニュース映像は衝撃でした。
ブリーフ一枚の裸同然の格好で、40センチはあろうかという柳刃包丁を右手に、まるで獲物を狙う猛獣のように街中をフラフラと徘徊する男。
初めて目にする覚醒剤中毒者の動きでした。
何人も通りがかりの人が殺されているというのに、不謹慎も甚だしいとお思いでしょうが、こういう時、役者という人種は、やはりどこかで取材をしながら観察してしまうところがあるんですよね。一種の職業病です。
コメントを読ませていただいてると、こういう裏の話に、皆さん、興味があるようですので、また、長引いてしまいました。
続きは次回とさせていただきます。
では、またお会いしましょう。
日によっては、肌寒ささえ感じるようになってきましたね。
我が家の姫娑羅の葉も少しずつ色づき始めています。
姫娑羅は、今の家に越して来た時、リビングルームから眺められる庭の主役の樹として植えました。
蕪立ちという独特の生え方、橙色気味の明るい色調の幹、僅かな風にもすぐ反応してユッタリと揺れるその優しい風情、落葉樹だから四季折々に変わる表情など・・・とても味わい深い樹で、俺の大のお気に入りです。
陽の光を浴びてオレンジ色に透けて見える葉を、居間のソファーに横たわって眺めていると、チョッピリ寂しさを感じてしまう今日この頃です。
では、前回の続きの始まり、始まり。
「ねえ、監督。幸雄のシャブを打つシーンなんだけど、シャブを溶かすところから、最後にポンプ(注射器)を洗うところまで、ワンカットの長回しで撮りませんか?」
「ああ、それでいきたいねぇ。でも、根津さん、やれんの?」
「注射の練習しときますから」
と言ったはいいものの、俺は、別に薬物中毒者であったためしがないから、自分で自分に注射を打った経験なんぞ全くない。
そこで、知り合いの医者に聞いてみた。
「素人が自分に注射って、出来んの? 空気が入ったりすると死ぬって聞くけど・・・」
「空気が入ったって、よっぽど大量に入れなきゃ死ぬことはないよ。例えば注射器の半分ぐらいだと、危ないかな。少々血管に入っても、痛いだけだ。」
「打つ直前に、注射器針を上に向けて液を出すのは、空気が入ると命にかかわるからじゃないの?」
「あれは、血管にエアーが入ると痛いから、空気を抜いてるんだよ。」
「へえ、そうなんだあ」
「・・・うん、シャブ中の役かあ。じゃ、覚せい剤の替わりにブドウ糖を静脈注射して、練習したら、栄養にもなるし、アッハッハッハッ」
ってなことで、翌日からブドウ糖をシャブ替わりに、ひたすら練習開始。
自分で自分の腕に打つ「中毒者打ち」。(俺が勝手に名付けた。)これが、なかなか難しい技なのだ。参考の為(何の?)、チョイと、その手順を説明しておこう。
まずは、溶かしたシャブをポンプに吸って注射器をスタンバイしておく。次に、左腕の上腕筋の辺りをハンカチなどでキツメに縛る。左手は使えないので、替わりに口、というか、歯を使う。そして、親指を中に入れてげんこつ握りすると、肘のあたりに太い静脈が浮き出て来る。
血液検査や点滴等を受けた人は知ってると思うが、ここまでは簡単、誰でも容易に出来る。
次に、ポンプを右手に持つのだが、この掴みどころがミソ。
液を押し出す部分には触れないようにして(中毒になると、たとえ一滴でも垂らしたら勿体ないのだ)、人差し指以外の指で慎重に持ち、血管に刺す。ここが第一の難関。
新米の看護士とか、インターンの医学生とか、たまにしか注射をしない偉い医者だとかにやられ経験がありませんか?
プロだって、緊張のせいで、血管に逃げられたり(そう、血管は針先をよけるのだ)、うまく血管をとらえたとしても、強く刺し過ぎて貫通させちゃって、気づかないで薬液を注入、筋肉へお漏らししてしまうことがあるくらいだ。難しいんだな、これが! それに、漏れると痛いんだよねえ!
チャンと静脈に針先が入った目安は、注射器の管に、赤いものがチラッと逆流してくる。そしたら、ここで、残しといた人差し指君の登場。
刺さった針先がブレないように、ユックリとプッシュする。
普通の注射なら、これでおしまい。ところが、ここから、また中毒者ならではの手順がある。
最後まで押し出したたら、今度は少し引き戻すのだ。そしてまた最後まで押し切る。
なあんでか???
つまり、血を逆流させて、針の部分にほんのすこし残ってるシャブも完璧に注入し尽くすのだ。
そして最後に、用意しといたコップの水で、ポンプに残っている血が凝固しないように、何度かポンピングしてよく洗う。
中毒になると同じポンプを何度でも使う。回し打ちも平気。この頃は、まだエイズはなかったからね。それにしても、怖いでしょう?
以上が、シャブ中の打ち方手順。昼間は人目があるので、夜になってから、
練習した。慣れとは恐ろしいもので、2週間もやってると、しょっちゅう打ってる中毒者みたいにポンプ捌きが速くなってくるんだよね。
この密やかな練習中は、何やら、自分がジキル博士になったような気分でした。
「幸雄」背中には事故死した二人の子供の戒名の入れ墨
後ろは、メイクアップを終えた、秋吉久美子さん
そういえば、東京・荒川で覚せい剤中毒の川又郡司の事件が起きたのはこの映画の準備の真っ最中のことでした。
あの時、テレビに流れたニュース映像は衝撃でした。
ブリーフ一枚の裸同然の格好で、40センチはあろうかという柳刃包丁を右手に、まるで獲物を狙う猛獣のように街中をフラフラと徘徊する男。
初めて目にする覚醒剤中毒者の動きでした。
何人も通りがかりの人が殺されているというのに、不謹慎も甚だしいとお思いでしょうが、こういう時、役者という人種は、やはりどこかで取材をしながら観察してしまうところがあるんですよね。一種の職業病です。
コメントを読ませていただいてると、こういう裏の話に、皆さん、興味があるようですので、また、長引いてしまいました。
続きは次回とさせていただきます。
では、またお会いしましょう。