4「徹夜作戦」2006年06月26日
皆さん、いかがお過ごしですか?
相変わらず「謎」に「謎」がまとわりついてくる話を書き続けている根津甚八です。書いてるうちに何故か長くなってしまい、なかなか最後のオチにたどり着けなくて、申し訳なく思ってます。自分としても、そろそろ別の話にいきたいし、今回で完結としたいのですが、さて、どうなりますやら・・・。
明日は、いよいよ入団試験である。
西日暮里の四畳半のアパートにこもり、一人で作戦を考えていた。状況劇場の入団試験を受けることは、親兄弟にも友人にも内密である。誰に相談しても反対されるのが明白であったから、独断で決めた。
恐らく面談試験が一番の決め手になるだろう。当然、座長の唐さんも顔を出すだろうし、役者志望で入団したいのだから、面接での第一印象は大事だ。絶対入りたいんだという気迫を外見上に現しておきたいと思った。
まずは服装。普通の会社の入社試験なら、ダークスーツにネクタイで決まりなんだろうが、俺が受けようとしているのは、怪優、奇優が揃ってることで有名な状況劇場である。服装でもパンチを効かせておきたい。だからと言って、奇抜過ぎて自分らしさを損なっても意味がない。そこで、昔でいう〈バンカラ〉風硬派のイメージで試験に臨むことに決めた。
洗いざらしの白のYシャツとジーンズの上に、袖口から手が見えないくらいぶかぶかサイズの親父のお古の濃げ茶のカーディガン。足元は素足に下駄というスタイルに落ち着いた。
残るは、顔だ。どう見ても甘っちょろい顔つきをどうしたものかと思案した末、「徹夜作戦」を思いついた。友人と徹夜マージャンをした後に目元が多少鋭くなることを思い出したのだ。これでよし。あとは当たって砕けろ、〈バンカラ〉硬派で一点突破だ。
遅めに夕飯をすませ、部屋で一人時間をつぶしていた。そして窓の外が白んできた頃、何気なしに畳に横になった。これがまずかった。
つい、うたた寝をしてしまったのだ。徹夜することしか頭になかったから、当然目覚まし時計などセットしていない。目を覚ました時はもう手遅れである。何はともあれ、死にもの狂いで劇団の稽古場まですっ飛んで行った。
しかし稽古場の前に着いた時は、すでに約束の時間を30分も過ぎていた。稽古場の入り口は、想像していたものとは違って、レンガ作りの立派な構えの玄関である。柱に「状況劇場」の看板と横には唐十朗と表札もある。唐さんの自宅兼劇団の稽古場ということであるらしい。
正面のガラス扉は、遅れて来た俺を拒絶してるかのごとくキッチリ閉まっていて、中で動く人影もない。扉に近づきガラス越しに中の様子をうかがうと、うす暗く、妙にシーン静まり返っている。
(そうか、試験はとっくに始まってるんだ。しかし、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。何しろ、俺にはあとが無いのだ)
気を取り直し、思い切って真鍮のノブを回した。
やけに広い玄関ホール。相変わらずの静寂。すでに中にいるはずの他の入団志望者たちの一人も見えない。演劇界の最前衛を疾走している状況劇場の新人募集である。少なくとも20人位の演劇青年たちが来ていて、何かしらのざわつき感があるはずなのに、この静けさは何だ? 人の気配がまるでしない。ふと足元を見ると、広いタタキにはサンダルが二つあるだけ。
(あれ、試験はもう終ってしまったのか? 受けにきた人達はみんな帰ったということ???)
不気味に静けさに包まれている玄関ホール。
「スミマセ~ン」思いっ切って声をあげた。すると、右手奥から、男性が一人、無愛想な感じでノッソリと出てきて、俺の真正面に立った。
(あっ、先週観た芝居で、床屋を演っていた人だ)
「…あ、あの、この間電話しました、根津ですが…」自分でも驚くほどか細い声しか出ない。
「こんな大事な日に、遅刻するとは何事だねっ!」
「……」返せる言葉など何もない。
「ちょっと待ってなさい」と言い置いて奥へ去った。
(オシマイだな)と殆ど諦めの境地で待っていたら、程なく戻って来て、玄関に立ち尽くしてる俺に、こう告げたのだ。
「……明日もう一度、同じ時間に来なさい」
「は?」 一瞬言われてることの意味がよく解らなかったが、とにかく明日もう一度チャンスをくれるということである。助かったという気持ちと同時に、バツの悪さもあってそそくさと玄関を後にした。
この夜、御丁寧にまた徹夜をして(理由はハッキリ記憶にないが、自分に気合いを入れたかったのだろう。結局ほぼ丸二日間眠らずに試験に臨んだ)
翌日、今度ばかりは指定時間よりだいぶ早めに稽古場に着き、玄関ホールに入り声を掛けると、昨日と同じ人が現れた。10畳程の洋間に案内され、すぐにペーパーテスト開始。そして詩の朗読(高橋睦郎の『ブランコ』だった)を終えると、
「もう少しで唐さんが帰ってくるので、それから面接をします」と告げられた。
オーッ、ついにあの憧れの唐十朗が来る! ついにあの唐十朗に会える!!
また長くなってしまいました。そして、また次回へつづくことに。
すみません。次か、そのまた次で、すべての謎に納得がゆきますので、しばしお待ちを。
相変わらず「謎」に「謎」がまとわりついてくる話を書き続けている根津甚八です。書いてるうちに何故か長くなってしまい、なかなか最後のオチにたどり着けなくて、申し訳なく思ってます。自分としても、そろそろ別の話にいきたいし、今回で完結としたいのですが、さて、どうなりますやら・・・。
明日は、いよいよ入団試験である。
西日暮里の四畳半のアパートにこもり、一人で作戦を考えていた。状況劇場の入団試験を受けることは、親兄弟にも友人にも内密である。誰に相談しても反対されるのが明白であったから、独断で決めた。
恐らく面談試験が一番の決め手になるだろう。当然、座長の唐さんも顔を出すだろうし、役者志望で入団したいのだから、面接での第一印象は大事だ。絶対入りたいんだという気迫を外見上に現しておきたいと思った。
まずは服装。普通の会社の入社試験なら、ダークスーツにネクタイで決まりなんだろうが、俺が受けようとしているのは、怪優、奇優が揃ってることで有名な状況劇場である。服装でもパンチを効かせておきたい。だからと言って、奇抜過ぎて自分らしさを損なっても意味がない。そこで、昔でいう〈バンカラ〉風硬派のイメージで試験に臨むことに決めた。
洗いざらしの白のYシャツとジーンズの上に、袖口から手が見えないくらいぶかぶかサイズの親父のお古の濃げ茶のカーディガン。足元は素足に下駄というスタイルに落ち着いた。
残るは、顔だ。どう見ても甘っちょろい顔つきをどうしたものかと思案した末、「徹夜作戦」を思いついた。友人と徹夜マージャンをした後に目元が多少鋭くなることを思い出したのだ。これでよし。あとは当たって砕けろ、〈バンカラ〉硬派で一点突破だ。
遅めに夕飯をすませ、部屋で一人時間をつぶしていた。そして窓の外が白んできた頃、何気なしに畳に横になった。これがまずかった。
つい、うたた寝をしてしまったのだ。徹夜することしか頭になかったから、当然目覚まし時計などセットしていない。目を覚ました時はもう手遅れである。何はともあれ、死にもの狂いで劇団の稽古場まですっ飛んで行った。
しかし稽古場の前に着いた時は、すでに約束の時間を30分も過ぎていた。稽古場の入り口は、想像していたものとは違って、レンガ作りの立派な構えの玄関である。柱に「状況劇場」の看板と横には唐十朗と表札もある。唐さんの自宅兼劇団の稽古場ということであるらしい。
正面のガラス扉は、遅れて来た俺を拒絶してるかのごとくキッチリ閉まっていて、中で動く人影もない。扉に近づきガラス越しに中の様子をうかがうと、うす暗く、妙にシーン静まり返っている。
(そうか、試験はとっくに始まってるんだ。しかし、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。何しろ、俺にはあとが無いのだ)
気を取り直し、思い切って真鍮のノブを回した。
やけに広い玄関ホール。相変わらずの静寂。すでに中にいるはずの他の入団志望者たちの一人も見えない。演劇界の最前衛を疾走している状況劇場の新人募集である。少なくとも20人位の演劇青年たちが来ていて、何かしらのざわつき感があるはずなのに、この静けさは何だ? 人の気配がまるでしない。ふと足元を見ると、広いタタキにはサンダルが二つあるだけ。
(あれ、試験はもう終ってしまったのか? 受けにきた人達はみんな帰ったということ???)
不気味に静けさに包まれている玄関ホール。
「スミマセ~ン」思いっ切って声をあげた。すると、右手奥から、男性が一人、無愛想な感じでノッソリと出てきて、俺の真正面に立った。
(あっ、先週観た芝居で、床屋を演っていた人だ)
「…あ、あの、この間電話しました、根津ですが…」自分でも驚くほどか細い声しか出ない。
「こんな大事な日に、遅刻するとは何事だねっ!」
「……」返せる言葉など何もない。
「ちょっと待ってなさい」と言い置いて奥へ去った。
(オシマイだな)と殆ど諦めの境地で待っていたら、程なく戻って来て、玄関に立ち尽くしてる俺に、こう告げたのだ。
「……明日もう一度、同じ時間に来なさい」
「は?」 一瞬言われてることの意味がよく解らなかったが、とにかく明日もう一度チャンスをくれるということである。助かったという気持ちと同時に、バツの悪さもあってそそくさと玄関を後にした。
この夜、御丁寧にまた徹夜をして(理由はハッキリ記憶にないが、自分に気合いを入れたかったのだろう。結局ほぼ丸二日間眠らずに試験に臨んだ)
翌日、今度ばかりは指定時間よりだいぶ早めに稽古場に着き、玄関ホールに入り声を掛けると、昨日と同じ人が現れた。10畳程の洋間に案内され、すぐにペーパーテスト開始。そして詩の朗読(高橋睦郎の『ブランコ』だった)を終えると、
「もう少しで唐さんが帰ってくるので、それから面接をします」と告げられた。
オーッ、ついにあの憧れの唐十朗が来る! ついにあの唐十朗に会える!!
また長くなってしまいました。そして、また次回へつづくことに。
すみません。次か、そのまた次で、すべての謎に納得がゆきますので、しばしお待ちを。